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19日に寄せて~vol.12

我が家のファミリーヒストリー

わたしは毎年8月が近づくと落ち着かなくなる。 ヒロシマ・ナガサキ・終戦記念日・・・。 むろん、そのどの日も自分で体験したわけじゃない。 が、折に触れて記念館や資料館に足を運んできたいまでは その日その場所にいたかのように感じられる。 2017年の長崎の原爆の慰霊の日に 初めて式典会場のテントの中で参列し、 子どもたちや被爆者の合唱から始まる式典に 身の引き締まる思いと、暑い!暑い!、本当に暑い! 冷たい水も凍らせたタオルも会場内でいただいているのにである。 きっとあの日もこんなに暑かったのだろうと思いを巡らせ空を見上げる。 「原爆の話をしない父でしたが、ガラスの刺さった傷の跡が背中じゅうにありました。 小さい頃、一緒に行った銭湯で見たのをよく覚えてます」。 と昨年の慰霊の式典の後に声をかけてくださった長崎新聞の記者さんが 翌日に記事にしてくださった私へのインタビューの記事の通り、 父からは原爆のことを聞いたことはない。 被爆当時18歳だった父はどのような幸運からか、 わずかに動いた救護列車に乗ることができたらしい。 父の葬儀の後に叔父が語った、 原爆投下の数日後に血まみれで 佐賀県の山奥の故郷にたどり着けたことだけ。 原爆資料館で見た救援列車の絵からは、 気を失ったような状態の被爆者が乗れるような状況とはおもえず、 叔父の語る「戸板に乗せられ運ばれた」状態の父を、 原爆投下直後に助けようと行動してくださった方がいらしたことに衝撃をうけた。 この数年の慰霊の式典への参列は その見知らぬ命の恩人へのお礼の意味も込めての長崎の訪問でもある。

先日、西山進さんという父より一歳年下の 現役の風刺漫画家のお話に、 「10万人の被爆者がいたら10万通りの被爆体験がある」と 語られた通り、原爆でも空襲でも戦災孤児でも一人一人の「体験」がある。 今の社会に生きる私たちは 少なくとも 被爆体験、空襲体験、戦災孤児の体験、沖縄や南方の激戦のこと、特攻のこと、 学徒動員や勤労動員、治安維持法など様々な強制のことなどを知る努力をし、 戦争体験もないのに軍備予算を上げ、 オスプレイをとうとう横田にまで配備されてしまうような政策や、 武器見本市を開催する企業や軍事産業に融資する金融業界の行動に 目を配っていくべきではないだろうか。 戦争のことが話題になるたびに子ども心に感じた疑問は 「どうして当時の大人は(政治家も)戦争を止めなかったんだろう?」ということだった。 同じことを未来の子どもたちに訊かれないよう 1945年以来戦争をしてこなかった日本を誇れるためにも 平和構築は国民の最大関心事だと声を上げていきたい。

我が家のファミリーヒストリーに話を戻すと、 わたしの父が被爆者。夫の父はシベリア抑留帰還兵。 二人の娘たちの命は、奇跡的に戦争を生き延びた サバイバーから受け継いだ命なのだ。 語り継ぎ学び継ぐことを、仲間たちと共有することも 大切な平和構築運動なのだと思う2018年の夏。

(文責:服部)

2018/08/27活動内容

北九州市

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讃井(さぬい)さちこ

北九州市議会議員

かつて仕事と子育ての両立に悩み、保育園探しに苦労したこと、東南アジアで「放っとけない!!」と感じた格差や貧困、平和への願い。私が体験してきたこと、感じたことは、すべて政治につながっていると気づきました。
今、女性の力が社会に求められています。女性も、培ってきた経験やキャリアを活かし、多様な生き方を選ぶ時代になりました。でも、いまだに家事や子育て、介護など家族のケアは女性の肩に大きくのしかかっています。
私、子育て世代の讃井(さぬい)さちこは、女性が多様な働き方を選べ、安心して暮らせる社会をつくるため、そして一票を持たない子どものために精一杯がんばります。あなたと政治をつなぐ懸け橋になります。

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